2011年1月16日

水戸/水戸芸術館現代美術センター「大友良英 アンサンブルズ2010―共振」展。


最終日になってしまったけれど、Hさんに勧められた大友展を見てきた。天気予報で雪が降るとのことだったので、車で行くことを断念して電車で向かった。電車のドアが開くたびに冷たい風が入ってきて、水戸は晴れていることを願い、車窓から外を眺めていた。Hさんが話していた散歩(会場最後でヘッドフォンとiPodを借りて水戸の街の散歩に出るというもの)にすこし期待しながら。


水戸駅に着いてみると雪は止んでいたものの結構積もっていて、この冬経験したことがないくらいの寒さだった。それでもなんとか開館と同時くらいに着いて、すこし体を温めてから展示を見た。水戸芸内の展示は、受け入れるまでに時間がかかってしまった。それぞれの展示室内には古いレコードプレーヤーや壊れかけたピアノなどの音を発生するものが不自然に並んでいて、すこし驚いたのは、見に来ていた人たちがそれぞれのプレーヤー(おそらくその人自身が惹かれるもの)の前で、じっと、瞑想するかのごとく、座り込んでいたことだった。別に、それが嫌いだとか、苦手とするタイプの作品ではないのだけれど、自分にはなぜか、そうするだけの余裕がなかった。


館内での展示を後にして散歩に出掛けた。これは、最後の展示室でヘッドフォンとiPodを借りて、そこから流れる音を聴きながら指定された道順で千波公園西の谷を目指すというもの。その音とは、大友さんが同じ道順で歩いて録音した街の雑音(車の走る音や通り過ぎるおばちゃんの声など)や歩きながら弾いたギターの音色だったりする。自分が行ったのはお昼どきで、寒いながらも日差しがとても気持ちよく、大友さんが録音した音を聴きながら、雪がまだ融けずにカチカチのままの上を慎重に歩きながら、公園を目指した。まるで、大友さんの時間を追体験しているような感覚があったのだけれど、その感覚は、自分が今歩いていることや、それに伴う街の様子に掻き消されることもあり、でもまた不意に大友さんの気配が蘇ってきたりと、なんとも言えぬ不思議な感じだった。


公園に着いてみると、カマクラを作っている親子のほかには誰もおらず、ひとり、雪が積もった中をゆっくり歩いた。Hさんに言われたように夕暮れ時の叙情のなかで体験したら、また違うものがあったように思え、それがすこし残念だったのだけれど、すこんと抜けた青空も最高に気持ちよく、思いもかけぬ雪景色に体験することができて、それはそれでよかったかと今になって思う。


借りたものを返しに公園を出ようとするとき、あやうく触らずに帰るところだった。雪を。雪は冷たく、さらさらとしていて、食べようかと思ったけれど、それはやめておいた。