2011年7月30日

高校のときの美術部の先生とは今でも連絡をとったり会ったりしている。高校の同級生は、ひとり、卒業してからも仲の良かった友達が居たのだが、だんだんと疎遠になってしまいもう会うこともない。高校3年生のとき、自分は一度だけ、授業中に教室を抜け出して、そのまま戻らなかったことがある。授業の内容を理解していたという保険があったのと、昼間、他の学生たちが授業を受けている間、廊下を歩いたり、校庭に出たりするのは、どんな気分なのだろう、そのときの空気はどんな風に感じるのか、知りたかったのだと思う。行動自体は大したことないのだが、思い出のひとつにはなっている。その美術の先生は車に乗っていて(車種を忘れた)、部活の帰りにいつも送ってもらっていた。帰る頃はいつも日が暮れていたので、田舎の夜道を走る車のなかから外を眺めると、そういう景色を知らない人には想像すらできないほどの、闇で、そのなかに、向こうの方の街灯とか家の明かりが、星のように不規則に浮かんでいるように見えて、夜空のなかを走っているようで、それを眺めているのがすきだった。自分もいつか車の免許をとったら、こうやって夜道を運転してみたいと思った。自分が車の運転がすきなのは、子供の頃の記憶と、高校生のその頃の思い出があるからなのだろうな。誰かの歌にもなっているが、育ってきた環境から、切り離されて生きていくことはできない。それは血に、思考の回路に、口調に、身なりに、擦り込まれている。善しとするか悪しとするかは本人次第だが、そこから離れて生きていくことを望んでも、それは絶対にできない。