2016年12月31日



さよなら2016年。

今年は北海道に3回行けました。
札幌に居る彼女にも会えて、笑いすぎてまた顔が筋肉痛になりました。
写真整理が追いつきません。

オランダ、チェコ、ウィーンの写真もまだ載せてないし、日記はスーパースロー更新です。
ホームページの「旅行NIKKI」の鳥アイコンは、sleepy.abの成山剛さんに描いてもらったものです。
ありがたい。
描いてもらったとき、「鳥じゃなくてアリクイみたいになっちゃった。」と言ってましたな。

あとは、なんだ。
今年も色々ありました。

あ、
今年最後のミッションは、
「紅白に出るTHE YELLOW MONKEYを観る。」
でした。
ミッション、コンプリート。
JAMよかった。
小学生の頃から好きだったイエモンを、まさか紅白で観られる日が来るとは。
年齢を重ねた今聴くと、歌詞に込められた想いが分かるというか。

蕎麦好きなのに蕎麦アレルギーってことで、年越しうどん。
今年もあと数分。
今夜は映画を観倒すぞ。

写真はさっき撮ったやつ。
ふと外を見たら、団地の屋根の上に細い三日月が出ていました。
ものの数分で向こう側に消えてしまった。
左上にあるのは北極星かな。






2016年12月18日





いつもの、何もない海。
やっと来られた。
いつか、一緒に見よう。

知らない鳥。
カモメは、近づこうとすると、そろりそろりと離れて行く。




2016年12月15日



映画「スポットライト 世紀のスクープ」。
アメリカの新聞『The Boston Globe』の記者たちがカトリック教会の醜聞を暴く実話を基にした作品。
カトリック信者が多いボストンで、何十人にも及ぶ神父による児童への性的虐待、更にそれを隠蔽する司教や教会、司法の存在を暴露する新聞記者の姿を描いている。




事件は日常的に起こっているのに、詳らかにならないのはなぜか。
何世紀にもわたる、「教会」という絶大な力を持つ組織の隠蔽力の強さ。

映画のなかでは、被害者の証言という形で虐待の事実が語られ、具体的な映像の描写はない。
それゆえ、そのおぞましい光景は映画を観ている者それぞれの頭のなかに想像として描かれることになり、変態神父の存在に反吐が出る。

この映画を観終わったあとの最初の感想は、
人間てやっぱりろくでもねえな、だった。

ただ、ひとつひとつ、途方もない真実への道を一歩一歩進んでゆく記者たちの姿は、感服するというか。
これまでも、そしてこれからも、教会にその深い罪を償わせることはおそらくできないのかも知れない。
しかし、見て見ぬふりをされ、闇に隠され続けた真実を光りの下に引きずり出した記者達のその行為は、とても眩いものだった。


編集長を演じたリーヴ・シュレイバーが特によかった。
信念を持った男を静かに熱演している。




2016年12月11日

これを知らない人はおるまいな。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、伝説の夜。




昔々、ロシアにt.A.T.uというユニットがあってだな。
あとは割愛。
知らない者は早送りせず見るべし。

とにかくこの夜のMステは伝説となった。
当時大学生だった自分は、先輩からこの日のビデオを借りて擦り切れるほど(人のなのに)繰り返し観ました。


口パクや音源バックに出演している人間には何もできない。
この日の生バンドはミッシェルだけ。
白羽の矢が立った。
楽器とアンプがあれば、どこでもステージになるという、 バンドならではの対応力というか。
しびれる。

結局、t.A.T.uは歌をうたうよりも最高な演出をしてくれたということになる。
チバも楽しそう。
それまで見たMステの中で、タモリのテンションが最も高い回だったと思う。




2016年12月10日



冬になると、また聴きたくなる曲。
チバ、やっぱりいいな。
かっこよすぎだろ(鬼みたいな顔もよろしい)。

はじめから終わりまで一気に駆け抜ける。
ともすれば単調な、
誰かの絵のようなメロディー。






冬の星に生まれたら、シャロンみたいになれたかな。
ときどき思うよ、ときどき。




2016年12月3日



夜、バイクで連れ出してもらいました。

クソ寒い(口が悪い)。
でも、冬の風になって街中を駆け抜けるのは、例えようがないほど心地よかった。
その疾走感、写真に撮りたかったけども、危ないのでやめました。
今日は空気が澄んでいて雲もなく、走りながらでも星がよく見えた。

後ろで掴まりながら、そうやって流れてゆく夜の景色を眺めて、
自分が失くしたものが分かった気がして、涙が溢れた。


バイク、旧車はやっぱりクソかっこいいな(口が悪い) 。




2016年12月2日

身体も精神もくたびれた。
このままでは心が摩れてしまうので、
なんかこう、「いい映画を観よう。」と思い立ち、
部屋で「学校 II」を観た。

めっちゃ泣いた。
ぐずぐずである。

もう何度観たか分からない映画。
それでも良いって、すごいな。
もう20年前の作品なのか。

俺、もっと馬鹿だった方がよかったな。
佑也の方がいいよ、自分が馬鹿だって分かんないんだから。 
みんなが俺のこと馬鹿にしてんのが分かんだよ、先生。

高志が吐き出した、正直で、諦めにも似た、胸に抱え込んでいた気持ち。
本当は良くないことだと分かりつつ、先生に投げかけてしまった言葉。
自分ではどうしようもない、悔しさと悲しみ。
あのラーメン屋のシーンは、ほんとに辛い。
胸が詰まり、言葉にならない。


舞台は高等養護学校。
西田敏行演じる竜先生のクラスに入学してきた高志たち。
さまざまな障害を抱える彼らが卒業するまでの3年間を描いている。
差別、偏見、心ない言葉。
世間に確かに存在するそれらの描写もある。

その中で、
決められた明確な答えがない教育の現場で、
ひとりひとりの生徒と向き合い、迷い、寄り添う教師達。
ふと、人と人とは、「導く」とか「与える」とか、
そういうことではないんだな、と思った。

西田敏行をはじめ、脇を固める永瀬正敏、いしだあゆみ、吉岡秀隆が、それぞれの役を、心のひだを優しく撫でるように丁寧に演じている。




予告編も、見応えがある。
※予告の埋め込みができないので、クリックするとYouTubeに飛びます