2018年6月2日





一ヶ月後、展示をします。

秋葉シスイ展-次の嵐を用意している
会期:2018年7月2日(月)〜7月13日(金)
会場:ギャラリーせいほう 東京都中央区銀座8-10-7 東成ビル1F
時間:11:00〜18:30(最終日は17:00まで)
日曜休廊

大作を中心に、新作油絵12点を展示します。
一生懸命描いのたので、観ていただきたいです。
よろしくお願いします。





2018年5月12日



まいとし5月・6月くらいの記憶がなかったのですが、
昨年、経堂のcafe+gallery芝生さんでグループ展をしてから意識が変わりました。
これから先は、5月になると「あれから何年たったなあ。」と思うようになるのかもしれない。
その始まりになった、展示でした。


そんなわけで4人展
2017年5月12日(金)~5月23日(火)
会場:cafe+gallery芝生(経堂)


もう何年もわりと近くに住んでいるのに、経堂のすずらん通りは、あの展示をすることになって初めて訪れました。
行ってみたらなんともよいではないか、すずらん通り。
のんびり、ほのぼの。


思えば、昨年の前半は__なことばかり続いていたけども、あの展示の頃からすこしずつ(めちゃくちゃすこしずつ)、自分も変わっていったように思います。
人との出会いもあったり、考え方とかもすこし変わったかな。

今までの自分は、人間関係や生活などが変化することへの恐怖というか不安感が強かったのだけれど、あの頃からそういう不安感もそんなに怖くなくなってきたような気がします。
ビビりつつも、なかなかどうして心地よいというか。
自分でもこういう風に生きていけるんだな、と思ったり(大袈裟か)。

2017年の前半は__でも、大晦日に振り返った印象は、
「2017年、よい年でした。」
でした。

どこまでも暗く、落ち込んでいたはずなのに、印象をほとんど塗り替えることができた。
いろいろ手放すことで、自分を取り戻した。
そういう気がしたのです。


だから、あの展示について「ありがとうございました。」と、勝手に思っています。

ありがとうございました。
芝生さん。










2018年4月15日



今日も映画の感想です。



「ブレードランナー2049」(2017年)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ライアン・ゴズリング、アナ・デ・アルマス、シルビア・フークス、ロビン・ライト、ジャレッド・レト、ハリソン・フォード


もともとSFはそんなに好きではなかったのですが(「ターミネーター2」は別)、この映画の面白さは衝撃でした。

1982年に制作された「ブレードランナー」(監督:リドリー・スコット、主演:ハリソン・フォード)の続編です。
自分はこの第一作を一度観たことがあるはずなのに、ほとんど記憶に残っていませんでした。
わずかに憶えていたのはレイチェルの髪形くらい。

35年後に続編って、かなり危ないというか、挑戦だな、と思いますが、
でも考えてみると、この映画にとってはそのくらい時間が経っていた方がかえってよかったのかも。
自分のようにほぼまっさらな気持ちで観る人も多いだろうし、SF映画にとってこの10数年の特殊効果の技術の進歩はかなり強味なんじゃないかな、と。
第一作を越える続編というのはなかなか無いと思うのですが(「ターミネーター2」は別格)、「ブレードランナー2049」は見事にそれを成し遂げていると思います。
しかも、前作への敬意も感じられる。
35年前と同じ登場人物たちやスタッフ、一部の音楽もアレンジして使用されています。
みんなが前作をリスペクトしつつ新しい「ブレードランナー」を作るべく向かっていったような感じがとてもよかったです。




物語は、前作の「ブレードランナー」から30年後のカリフォルニアが舞台です。
環境汚染はより深刻になり、6月でも雪が降っている。
昼間でもどんより暗く、街はスモッグに覆われている。
とにかくじめじめしてて身体に悪そうです。
登場人物の台詞からすると、この時代に植物はほとんどもう無く、食べものも実に美味しくなさそうです(食事というより餌という感じ)。

タイレル社が発明した人造人間「レプリカント」。
人間に代わる労働力として製造される彼らは、幾たびも反乱を起こした結果製造中止になりタイレル社は倒産。
やがて実業家ウォレスがタイレルの資産を買い取り、より従順なレプリカントの製造を開始。
タイレル時代に製造されたネクサス8型レプリカントの残党(旧型)は「解任」の対象となる。
彼等を追う捜査官の通称が「ブレードランナー」。


歴代レプリカントの試作品


30年前、ブレードランナーは人間が務めていました(前作の主人公はハリソン・フォード演じるデッカード捜査官)。
30年が経ち、「解任」の対象が人造人間であるとは言え、抹殺という業務による精神的負担を考慮し、今ではレプリカントがこのブレードランナーの任務を請け負っています。
それが、本作の主人公である捜査官KD6-3.7のK(ライアン・ゴズリング)です。
面倒な仕事(戦争、肉体労働、売春)はレプリカントに押し付ける、というのがこの映画のところどころに見えて、人間の都合のいいように製造され抹殺される彼らが気の毒になります。


 捜査官KD6-3.7 通称K


Kは同族であるレプリカントたちを取り締まる捜査官。
人間からは「スキン・ジョブ(人間もどき)」と馬鹿にされ、レプリカントたちからは同族を始末する「最低のレプリカント」と忌み嫌われ、板挟み状態。
なんとも気の毒。
それゆえKは口数も少なく、他人との交流も持たず、ただ仕事(捜査)に取り組む。
唯一の拠り所は、ホログラムの恋人ジョイ(今でいうアプリみたいなもの)。
と言っても肉体が無いので、触れることはできない。
精巧なプログラムによって紡がれるジョイとの会話が、Kの安息の時間になっている。
こういうところも、現代の延長線上にありえる気がします(それでも肉体を求め合うのだけど)。


ホログラムの恋人ジョイとK


とまあ、
ひとつひとつ説明すると長くなりすぎるので割愛しますが、
人間とレプリカント、それぞれの境界線を揺るがす発見がされたことから、Kは真実と半ば自分のルーツを突き止めるべく、物語は進んでいきます。

もうね、説明不要で良いのです。
物語、映像、音楽、登場人物、全てが最高。
何よりよかったのが、言葉で説明するとややこしいストーリーに感じますが、前作をほとんど憶えていない自分でも理解できるくらい分かりやすいのです。
天気も空気も悪く、じめじめしてて、さらに「希望はあまりない。」と感じさせる世界観が、ありそうな未来のイメージです。
映画の後ろで流れているのも、音楽というより音という感じで、世界観にとても合っています。

そして映像がとにかくかっこいい。
初めて観たとき、冒頭3分ですでにこの映画にハマっていました。
何度も繰り返して観るほどに、面白さが増していきます。
本作の鍵を握る人物を、35年前の主人公デッカード(ハリソン・フォード)が引き続き演じているという設定も、グッときました。
第一作のファンならなおさらそのはず。


30年間、秘密を抱え身を隠し続けていたデッカード


この映画を観ていると、レプリカントたちを「スキン・ジョブ(人間もどき)」と罵倒する人間たちより、Kやレプリカントたちの方に感情移入していきます。

人間の支配からの解放を目指すレプリカントたちの言葉が、映画を観終わったあとも耳に残ります。
「大義のための死は、何よりも人間らしい。」
自分達を奴隷にし、憎むべき相手であるはずの「人間」への強い憧れ。
なぜ生まれ(製造され)、なぜ生きているのか、その意味を欲している。
これは大昔から人々が抱える欲求と変わらない気がしました。
どんなに技術が発展して、物や選択肢が増えていっても、確かな何かを求めるのはきっと変わらないんだなあ、と思ったり。
それを見つけられる人はほんのわずかで、ほとんどの人は見つからないまま終わっていくのかも知れないと思うと、これから先の途方に暮れるような長い時間が、虚しくなるようでもあります。
と、ぼんやり考えてしまいました。


主人公のKは表情があまり無く、だからこそラストに向かうにつれて加速していく彼の姿勢に、胸打たれてしまいました。

ジョイが、「あなたといると幸せ。」と言うと、Kは「そんなこと言う必要ない。」と返し、
「私も本物になりたい。」とジョイが願うと、「君は本物だよ。」とKは答えます。
Kのやさしさというか、たとえ触れ合えなくてもジョイをたいせつに想っているのが伝わってきて、人間以上にいい人だなあと思ってしまいました。



ライアン・ゴズリングがよかったなあ。
目の動きひとつで物語るとか、かっこいいー。
デッカードと出会ったことで、最後の闘いに挑む決意をしたK。
傷だらけの身体を抱え、この終わりかけの命を最後何のために捧げようか、と自分で決意したことが、Kのプライドであったようにも思います。




そして、この映画を撮ったのは前回の日記で書いた「プリズナーズ」と同じ監督、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
すごすぎる。
ジャンルのふり幅に驚きました。




2018年4月1日



久しぶりの日記です。
書いていない間も書きたいことはいろいろあるのだけど、できませんでした。


それで、何からまた始めようかなと考えて、
映画の感想にすることにします。



「プリズナーズ」(2013年)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ヒュー・ジャックマン、ジェイク・ギレンホール


おととしの年末、夜中にテレビでやっていたのを偶然観て、なんて面白い映画なんだと感動しました。
ジャンルとしてはサスペンスです。


小さな工務店を営みながら暮らすケラー(ヒュー・ジャックマン)の幼い娘が誘拐され、家族の幸福は一日にして崩れ去る。
間もなく容疑者として青年アレックスが逮捕されるものの、物証がなく釈放。
アレックスが犯人だと確信しているケラーは、一線を越えて自らの手で彼の口を割らせようとする。
一方で、事件の担当刑事ロキ(ジェイク・ギレンホール)は、粘り強い捜査を続けすこしずつ犯人に迫っていく。


あらすじとしてはこんな感じです。
でもこの映画のすごさは伝えきれない。




映画全体に散りばめられた謎が、最後にはすべて明らかになる。


それと並行して、それぞれの台詞やモチーフが、関係していたり。
ボサッっと観ていたら見逃すほど細かい演出にグッときます。
サスペンスでよくあるのは、事件や謎だけ大げさに盛り上げて最後がイマイチというタイプですが、この映画は違いました。
緻密で、隙がない。
それに加えこの映画の面白いと思うのは、単なる犯人捜しに終わっておらず、それぞれの人間描写(特に父親と刑事)を丁寧に描いているところ。

娘が居なくなったことで崩壊寸前の家族。
精神的に参ってしまった妻からの、
「あなたといれば安心だったのに。わたしたちを守ってくれるって。」
と言われてしまうケラーの心情を思うと、つらくなる。
おいおいそれは言ってあげんなよ、と。
結局この言葉が引き金となりケラーは法律とモラルの一線を越えてしまう。




もう一人の主人公ともいうべき刑事ロキが最高です。
一見ダルくやる気がなさそうで口も悪いけれど、実直に手を抜かず地道な捜査を続ける姿は、静かな熱意を感じます。
泣いている人を前にすると、希望はほぼゼロに近くても「見つけます。」と言い切る。
つらい人をそのまま放っておくことはできない、しない、という信念が垣間見えます。

父親が主人公に思えますが、自分的にはこの刑事ロキの映画でもあるように思います。

それで、ロキもまた辛いところをケラーにつつかれる。
誘拐から一週間して娘の靴下が発見されたとき、ケラーにロキが言われる台詞、
「(娘が死んだのは)あんたのせいだ。」
おいおいそれは言ってあげんなよ、とここでもまた思ってしまう。




ジェイク・ギレンホールがよかったです。
仕草ひとつの表現力がとてつもない。
ロキはYシャツの第一ボタンまでしめて、手やら首やらタトゥーもたくさん入っている。
こういうミスマッチなスタイルもあって、「この人、過去になんかあったんだろうな」と想像してしまいます(少年院に入ってたと言っていますし)。


誘拐犯が見つかっただけでは終わらない、この物語。
ストーリー、伏線、台詞、仕草、音楽、それぞれの演技力。
何から何まで最高でした。

そして、タイトルの「プリズナーズ」という複数形に込められた意味。
最後まで耳を澄まして観るべき映画だと思います。